神田の唄

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2015年の中学生の自殺は77件。報道の仕方を変えよう。

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中学生の自殺件数が過去最多の77件へ。人生の「絶望」と「肯定」を天秤にかける人たち。

2015年の中学生の自殺件数は過去最多を記録しました。日本を担うべき若者が77人も自ら命を絶ったのです。

 

日本の自殺件数が先進国のなかでもトップなのはご存知の通りでしょう。

年間に3万人が自殺する国として海外でも、日本の自殺率の高さは有名です。

15分に1人が自殺している現状を考えると異常の一言です。10年で30万人の人が自らの命を絶っているわけですからね。

とんでもない数です。

最近の自殺のデータをみていましたが、驚くのは若者の自殺が増えていることです。

一般的に高齢になるほど自殺する人数は増えます。

「エリクソンの発達段階」なるものが心理学にはあります。65歳以上の老年期の人間は、自分の人生を振り返ってみて「絶望」と「肯定」を天秤にかけると言われています。

自分が今まで歩んできた人生が納得できなかったり、病気や年齢的な「健康問題」の要因によって絶望する人が多くなるので高齢の方の自殺率は上がっていくとされます。

ただ、日本の場合は特殊です

人生を振り返るには早く、健康問題も絡みにくい若者の死因トップが自殺なんですよね。

そして現在は中学生の自殺数が過去最高となっています。

中学生が自殺をする原因は「いじめ、受験失敗、親との不和」などあります。

ぼくも自殺を考えたことはありますし、若者のなかには口に出さないだけで「自殺」の二文字がアタマをよぎった方は多いのではないでしょうか。

若い世代の人間は天秤にかけるだけの長さを生きてはいません。ですが、自分の人生について「絶望」と「肯定」を繰り返している人は多いと思います。

 

 

 

人生に絶望した時の手段に「自殺」があることの悲しさ。報道の仕方を変えるべき。

ぼくが問題だと考えているのは「絶望」と「肯定」を繰り返した先に絶望を選んでしまった若者が自殺という手段を選んでしまう事です。


語弊を招くいい方かもしれませんが、中学生をはじめとする若者には未来で挽回するチャンスがあります。

また、苦しい時には学校に行かない「逃げる」選択肢もあります。親や兄弟に「相談」することもできるでしょう。

手段は複数あるのですが、その手段のなかに「自殺」が含まれてしまっているのです。

自殺が手段として捉えられてしまっているのには報道の仕方に問題の要因の1つがあると思えてなりません。

いまのやり方で中学生の自殺報道なんて大々的に流すべきではないです。

中学生の自殺報道のときに流される内容は「学校の管理体制の欠点」「被害者の受けた壮絶ないじめの数々」といったスキャンダラスなモノが主になっています。

苦しんでいる時にどうやって救いを求めればよいのかについて言及している内容は少ないです。

スキャンダラスな内容ほど視聴者の目は釘付けになります。いまの中学生の自殺についての報道はどれだけ国民の反感感情をあおって視聴率を上げるかに重点が置かれているように感じます。

学校側の体制を徹底的に叩くことによって、抑止力となる役目はあるでしょう。その点については良い役割があると思います。

でも、今の自殺報道によって「スキャンダラスな内容」はアタマに残っていても「相談窓口の名前や電話番号」を覚えている人はどれだけいるのでしょうか。

こころの健康相談統一ダイヤル
0570-064-556

自殺予防いのちの電話
0120-738-556
※毎月10日にフリーダイヤル(無料)の電話相談を行っている。

相談窓口|自殺対策 - 内閣府 
 


中学生の自殺報道はネット上でも多くのニュースサイトで取り上げられます。でも、どこに助けを求めれば良いのかを大々的に広報している内容をみた記憶がありません。

潜在的に自殺を考えているひとたちもテレビやニュースで報道を見るのです。助けを求める手段や、逃げる手段をとることの大事さを呼びかける方が重要なのではないでしょうか。


 

 

 

2011年を境に中学生の自殺率が増加している

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中学生の自殺率 過去最悪の水準 2015年すでに77件

 

中学生の自殺の推移をみると2011年から上昇していることがわかります。それも過去の水準と比べても大きな上昇をみせています。

2011年に起きた自殺といえば「大津市中2いじめ自殺事件」です。

大津市中2いじめ自殺事件(おおつしちゅう2いじめじさつじけん)とは、2011年10月11日に滋賀県大津市内の中学校の当時2年生の男子生徒が、いじめを苦に自宅で自殺するに至った事件。「大津いじめ自殺事件[注釈 1]」「大津いじめ事件[注釈 2]」「大津市○○中学校いじめ自殺事件[注釈 3]」などとも呼ばれる。事件前後の学校と教育委員会の隠蔽体質[1]が発覚、問題視され、大きく報道された[2]。翌年には本事件が誘因となっていじめ防止対策推進法が国会で可決された[3]。

 大津市中2いじめ自殺事件 - Wikipedia

 
テレビやネットで大々的に取り上げられた事件ですので、記憶に残っている方も多いでしょう。

注目したいのは「大津市中2いじめ自殺事件」により「いじめ防止対策推進法」が制定されたにも関わらず中学生の自殺数が上昇していることです。

大人だけでなく、自殺報道は中学生も目にします。ネットを開けばyahoo!のトップニュースにもながれてきますし、各学校でも注意喚起が行われているでしょう。

当の本人たちも「中学生の自殺問題」を耳にしたり、目にするわけです。


ぼくはマスコミの報道により「いじめ自殺問題」は世間に広く認識されましたが、それと同じく渦中にいる中学生本人たちに「自殺を手段」と認識させてしまった側面があるのではないかと思うのです。

 

 

 

 

自殺報道が連鎖的に自殺を呼ぶ

前述したようにマスコミの自殺報道は中学生たちに「自殺を手段」と認識させてしまったのではないかと思うのです。

中学生の子が「大津市中2いじめ自殺事件」をみてどう思ったでしょうか。

「自殺は絶対にするべきではない。」と考えたでしょうか。

ぼくはそう考えたとは思いません。

それよりも自分以外にも苦しい思いをした人間がいて、自殺する方法を選んだ人間がいると共感を与えてしまったと思っています。


「自殺すればいじめられなくなる」
「自殺すれば楽になる」
「自殺という手段があったんだ」


そう捉える中学生はいたはずです。

それだけではありません。学校の校長および担任の教員をはじめとする責任者の方々。いじめの加害者が世間から非難され、徹底的に叩かれている様子は非常にセンセーショナルなものです。

いじめを受けて自殺を考えている人間のなかには「自分が自殺することで仕返ししてやる。」といった考えを持つ人もいます。

自分が自殺することによって自分をいじめていた人間が叩かれてる状況を想像する中学生がいても何ら不思議ではありません。

自殺を考えたことのない人にとっては、あまりにも短絡的な考えに映るでしょう。

自分が死んだ後のことは確認しようもないし、仕返ししても死んだらどうしようもないと思ってしまいます。

でも、自殺を考えるほどに追い詰められている人間には、そういったことを考える余裕がないのです。休息をとるか、誰かに助けて貰うかしなければ。

 

 

 

 

中学生の自殺に対する認知に問題が起きているのではないか

中学生の自殺増加の背景には「中学生の自殺の認知の仕方」に問題が生まれているのではないかと思います。

自殺は手段としてとらえられてしまっています。手段は知らなければ、その行動を取ることができません。

そうです。

ぼくたちは知らなければ、その方法をとれないんですよ。

野球を知らない国の人たちにバットとボールとグラブを渡しても野球は始まりません。

野球のルールや方法、手段を知って初めて野球ができるのです。


野球のように作り出されたものでなく、本能からくる行動はとれるでしょう。食べて、寝て走って遊んでということは本能的にできます。

でも、自殺するのは生物の本来の目的である「種の保存」から外れる行為です。人間が発達した結果生まれてしまった作られた行為であり、通常であれば選択しない行為です。

最近はやけに中学生の自殺報道を目にします。

中学生に自殺を「苦しいことから逃げるための手段」や「自分をいじめていた加害者に復習するための手段」として知らしてしまった結果、中学生の自殺が増えてしまったのではないでしょうか。

 

 

 

 

自殺報道はもっと救われべき人が救われる内容にすべき。

日本では15分に1回自殺が起きています。

日本全体の自殺数は減少傾向にあるものの、大勢の方が自殺しています。

では、その方々が大々的に取り上げられるかというと違いますよね。

中学生の自殺は視聴者の注目を集めやすいこともあり、こぞって報道されます。


ただ、前述したようにスキャンダル内容がメインに放送されます。


それよりも

「どれだけの人間が悲しんだのか」
「助けを求めることの大切さ」

「自殺を考えている人間がすべき行動」
「相談センターなどの受け皿があること」

にフォーカスして放送すべきです。


ぼくとしては、そもそも大々的に取りあげて中学生の方々に自殺問題を認知させること事態が反対ですが、世論が許さないのであればせめて報道の仕方を変えるべきです。

報道の内容により潜在的な「いじめ」問題が浮き彫りになり問題の改善に向かっているのかもしれません。

でも、いまの報道は自殺による悲しむ人間がいることや助けを求めることの大切さよりも、どれだけ視聴者の反応を大きくするかの燃料を投下するやり方になっています。。
 

自殺の報道の仕方は見直すべきだと思う次第です。

 

 

 

 

それではまた。

 

■相談窓口へのリンク

相談窓口|自殺対策 - 内閣府